私にとって「ビンテージ」とは単なる言葉ではなく、生き方そのもの。-Dupenny

大学でイラストを専攻したエミリーが自身の作品を世に出すうえで、はじめに表現の媒体として選んだのが「壁紙」でした。

「大学の卒業制作で『電話ボックスの生誕75周年記念』をテーマにしたの。 リサーチのためにロンドンのソーホー地区に行った時、見つけられる限りコールガールのチラシを集めたわ。 このチラシで覆われている電話ボックスがいくつかあったんだけれど、その様子がまるで壁紙のようだったの」

1980年頃まで性風俗店や映画館が立ち並ぶ歓楽街として栄えたロンドンの一区画・ソーホー。そこで探し集めたコールガールの宣伝チラシをもとにイラストを描き、最初のデザイン〈Call Girls〉が生まれます。黒のラインで描かれたセクシーなポーズをしたコールガールと、鮮やかなピンクで描かれる宣伝文句や電話番号。R指定が付きそうなイラストですが、ポップでアーティスティックに表現されたコールガールたちには変ないやらしさは無く、バランスのいい配色が目を引きます。

Call Girls

現在のスタイルに大きな影響を与えている1920〜1950年頃のレトロな世界観に魅了されるきっかけは、大学卒業後に訪れます。

「母の友人が1950年代のドレスやコルセット、バックラインの入ったストッキングなどの古着をプレゼントしてくれて、この時代のファッションや色気にすっかり夢中になったの。このファッションを身にまとうと、周りの人がなんだかいつもより女性らしく接してくれているような気がしたわ。物語を語ってくるような古いものが大好きで、今でも新品を買うことは滅多にないわね」

「ビンテージ」という概念は、彼女のスタイルやデザインに大きな影響を与え、生き方そのものへとつながっていきます。そしてこのスタイルを反映させたデザインこそが、彼女を成功へと導きました。自身の作品を壁紙市場にどのようにフィットさせるかを模索していたエミリーは、当時ロンドンでキャバレーナイトを運営するかたわら、地元でレトロ系のピンナップモデルとしても活動していました。

「ある時、自分自身が楽しんでこそみんなに楽しんでもらえるんじゃないかと思い立ち、そのひらめきから〈50s Housewives〉と〈Burlesque〉を描いたの。この作品が大きな注目を集め、インテリア界への扉が開いたのよ」
彼女がのめり込んだ1950年代のファッションが反映された〈50s Housewives〉。腰のラインがくっきり出る丈の短いワンピースに、めくれたスカートからのぞくレースの下着。ガーターベルトやストラップ、そしてリボンの付いたピンヒール。ビンテージ感のある衣装に身を包んだ主婦たちの家事の風景に、セクシーな要素がアクセントとなったデザインです。〈Burlesque〉にも、彼女の大好きなショーステージの世界が表現されています。

「バーレスクの女王といわれるディタ・フォン・ティースを初めて見た時、大きな衝撃を受けたわ。彼女のスタイル、優雅さ、芸術への献身すべてに惹きつけられたの。何に対しても前向きで、非常に現実的な人。ドラァグクイーンのル・ポールも大好き!自分のあるべき姿を大切にしている人、そして周囲にそういった勇気を与えている人に魅力を感じるわね。もしこの2人とコラボレーションできることがあったら夢のよう!」

Burlesque

この2つのデザインが制作された2009年に《Dupenny》は誕生します。これまで一番楽しみながら作った作品について聞いてみると、この時製作された〈50s Housewives〉が挙げられました。

「《Dupenny》が軌道に乗る前は、ただ物事を楽しんだり自分のスタイルを模索する時間や自由がたくさんあった。会社を経営するプレッシャーや責任感、滞りなく支払いを済ませるためにお金を稼がなければという不安もなかったわ。 ただ、みんなを笑顔にできたらという思いだけで作品を作っていたの」

「世界を笑顔にする」。このハッピーなミッションは《Dupenny》を立ち上げる前から持ち続けている彼女の原点であり、今へとつながる想いになっています。
〈50s Housewives〉と〈Burlesque〉だけでなく、その他の作品にも多く見られるラブリーでセクシーな女性たち。こういったデザインを描くにあたり具体的なモデルはいるのでしょうか。

「自分のイメージするセクシーな50年代の女性を描くために、私自身がモデルとなってポーズをするのが一番手っ取り早かったの。ジル・エルブグレンやアルベルト・バルガス(*)のような20世紀に活躍したピンナップアーティストのスタイルにも影響を受けたし、ベティ・ペイジ、マリリン・モンローなど昔のハリウッド映画の伝説的な女優たちも大好きよ」

(*)いずれもエロティックな女性の絵を描くことで有名なアメリカのイラストレーター。

描かれているのは女性ばかりではありません。マッチョな男性たちがユーモアたっぷりに描かれ、見れば見るほどに味わい深いデザイン〈Strongman〉。よく見ると既視感のある人物がいます。これはもしかしてイギリスを代表するロックバンド『Queen』のボーカル、フレディ・マーキュリー?

Strongman

「彼をモデルにしているわけではないんだけれど、確かにほんのちょっぴり彼に寄せて描いたキャラクターがいるわね。どれだかわかる?このデザインはコニーアイランド(*)のマッチョな男性たちを写した1920年代の白黒写真のような、ビンテージ感のある雰囲気を作りたかったの」
イギリスのユーモアセンスが好きだというエミリー。彼女のデザインの中で描かれるちょっとした人の仕草や目線、立ち振る舞いなどには思わずくすっと笑いそうになる要素が散りばめらています。
〈Strongman〉然り、これまでに発表されている壁紙デザインの多くはモノクロとカラー、2つの配色で展開されています。ここにはどういった理由があるのでしょうか。

「《Dupenny》を立ち上げた時は、すべての製品を手作業でシルクスクリーン印刷していたの。シルクスクリーンの版はカラーバリエーションごとに必要だから、当初はシンプルに白と黒の2枚の版だけを使うことで作業がかなり楽になったわ。それだけじゃなく、モノクロには普遍的で不朽の特別な何かがあると思っているの。モノクロのパターンを使うことで有名なココ・シャネルは昔から大好きなスタイルアイコンの一つ。カラーのデザイン展開を始めたのは、ただ周囲からの要望が多かったから!」

彼女のデザインの軸は、イラストのラインが際立つ「モノクロ」にありました。需要があったことで展開したカラーのデザインは、モノクロとはまた違った世界観を楽しめます。もちろんその「カラー」にもこだわりが。使用する色はレトロなものを参考に選び、現代的な色は使わないといいます。
「例えば1950年代のフェンダー(*1)やキャデラック(*2)の色合いの中でも特にパステルピンクが大好き。2021年のデザインにも多く取り入れているの!」

(*1)カラフルな配色のエレキギターやエレキベースなどを製造するアメリカの楽器メーカー。
(*2)アメリカの自動車メーカー『ゼネラルモーターズ』が手掛ける高級車ブランド。

イラストベースでデザインされる《Dupenny》の壁紙ですが、制作にどれくらいの時間をかけているのでしょうか。

「どれだけ詳細なデザインかによるんだけれど、数日から数週間、数ヶ月かかることもあるわ!〈Mermaids〉のデザインには数ヶ月かかったけれど、〈Atomic〉には数日しかかからなかった。何年も寝かせているアイデアがたくさんスケッチブックの中にあるから、すべてのプロセスに実際どのくらいの時間を費やしたのか正確にはわからないの。10年前からの未完成のデザインも残っているんだけれど、やるべき時がきたらきっと完成させるわ」

Mermaids NAVY
※お風呂には貼ることができません

Atomic B&W

制作のプロセスや愛用のグッズ、デジタルツールについても詳しく教えてくれました。

「デザインのアイデアを書き出しているのは『Bristol Drawing Paper Sketch Pad』というスケッチブック。紙の表面がとても滑らかでインク滲みがないの。まず最初にシャープペンシルで大まかなアイデアの輪郭をスケッチ。水性ペンを使うこともあるわね。愛用はサクラクレパスの『ピグマ』。日本のブランドのものね!あと、いろいろな線や筆圧の違いを表現するためにペンの先端がハケのようになっている『ShinHan Touch Liner』というペンも使っているの。例えば〈Mermaids〉のデザインは完全に手で描いて、その後AdobeのIllustratorでライブトレース、荒いエッジを手作業で補正。デザインによっては手で描いた下絵をスキャンして『Wacom Intuos Pro Tablet』というペンタブレットを使ってIllustratorで作り込んでいくこともあるわね。プロセスを変えたり新しい方法やスキルを取り入れるのが好きだから、その時の感覚によって手順はいろいろ。最終的に描いた絵はすべてIllustratorで線を整えデータ化して保存しているわ」
やはりデザインのラインにはこだわりを持っている様子。制作期間に差はあるものの、大きなエネルギーを要する作業です。今ではイギリスの国立美術館に所蔵され、名だたるデザイナーの作品とともに展示されるなど大きく成長を果たした《Dupenny》ですが、軌道に乗れば乗るほど生まれる葛藤もあるといいます。

「今は管理業務やマーケティング、SNS、注文処理など、ビジネスの運営に多くの時間を取られていて、残念ながら創作活動に費やす時間があまり持てていないの。 できることならすべての時間を制作に費やしたい。それが最終的な目標よ!」