日本の「白い壁紙」と壁紙文化
今、あなたの部屋の壁は何色ですか?
ほとんどの人が「白」と答えるでしょう。壁の色なんて気にしたこともなかった、という人もいるかもしれません。
私たちが住む家の壁の多くは白やベージュの壁紙で仕上げられており、これは日本の住宅の大きな特徴と言えます。一口に「白」の壁紙と言っても、さまざまな「白」が存在します。オフホワイトや生成りなどは一般的に耳にしますが、青味がかった白や赤味を帯びた白など、表現しがたい微妙な色合いも。また表面の質感にも、布の繊維感を表現した織物調、漆喰壁のような塗り壁調、レンガなどを凹凸だけで表現したブロック調など、それぞれに違いがあります。
このように白い壁紙だけ取り上げても多様に存在していますが、こだわりを持って選んでいる人は多くはありません。自分で変えることができる壁紙の世界を、まだ「知らない」からではないでしょうか。
日本での壁紙文化の浸透
壁紙文化が日本の一般家庭に浸透し始めたのは、戦後の高度経済成長期。特に、1960年代の団地建設ブームを機に広く普及していきます。同じ間取り、同じ内装といった量産型の現場で活躍したのが、いわゆる国産の「量産壁紙」と呼ばれるものです。
幅約90㎝、表面は塩化ビニル素材で裏は紙素材。そして色はどんな空間にも無難になじむ、白やベージュが重宝されました。
暮らしにゆとりが生まれ、人々のインテリアへの関心が高まってからも「壁紙は職人が貼るもの」とされてきましたが、近年「Do It Yourself=DIY」の言葉とともに、自らの手で家の内装を変える文化が芽生えます。
壁紙にさまざまなデザインが存在すること、賃貸住宅であっても「貼って剥がせる」ことを知った人々が、壁を含めた空間全体のコーディネートにこだわりを持つようになってきたのです。
海外の壁紙文化
ヨーロッパの壁紙文化と歴史
国産壁紙にも以前から柄物の壁紙はありましたが、DIYブームを機にデザインの質が各段に上がり、今では海外ブランドにも負けず劣らずの勢いとなっています。ただ、個性の追求という面においては、海外ブランドに軍配が上がると言わざるを得ません。海外では「壁紙デザイナー」という職業が確立されており、オリジナリティあふれるデザインを生み出し続ける土壌となっています。
海外における壁面装飾文化は、ヨーロッパを中心に発展しました。タペストリー、壁布など時代ごとに素材は変化していきますが、15世紀中頃、印刷技術の発達と製紙技術の獲得により紙製の壁紙製造が可能になったと推定されます。現存する最古の壁紙は、1509年の制作とされる「ケンブリッジ・フラグメント」。イギリスのケンブリッジ大学改装時に発見されたもので、ダマスク調のざくろのモチーフが黒インクで木版刷りされています。本格的に壁紙の印刷技術が発達するのは18世紀半ば以降となりますが、20世紀後半まではヨーロッパでも紙素材が主流でした。現在は、紙と比べ丈夫で貼りやすい繊維性のフリース(不織布)素材が主流となっています。
素材だけでなく、描かれるデザインにも多様な展開が見られます。壁面装飾のルーツと言われているのが「壁画」です。古くは洞窟壁画に始まり、古代文明下では宮廷装飾などに用いられていました。これは確立された壁紙スタイルの1つ、「ミューラル(壁画)壁紙」という形で現代にも引き継がれており、壁一面で風景や人物など1つの大きなモチーフが描かれるタイプの壁紙デザインを指します。
- ミューラル(壁画)壁紙
1つの風景やモチーフが大きく描写されているデザインが多く見られるリピート(柄の繰り返し)がない壁紙。
伝統的な壁紙デザイン
印刷技術の発達により可能になったのが「リピート」と呼ばれる、同じ柄が一定の間隔で繰り返すデザイン。伝統的なモチーフとしては、イスラムの織物からきた「ダマスク柄」やフランスのロココ調絵画を思わせる「トワル柄」があります。
いずれも古いものとして衰えるのではなく、現代の壁紙デザインにも取り入れられる色褪せないデザインとなっています。
・ダマスク柄
イスラムの織物の模様を由来とし、植物や花、果物などのモチーフが繋がるように繰り返すエレガントな印象のデザインです。
・トワル柄
18世紀頃のフランスの人物や風景をモチーフとした、1つ1つにストーリーのあるデザインです。
代表的な壁紙のデザイン
・ボタニカル・アニマル
上の印象的な壁紙は、生い茂るヤシの葉が描かれたデザイン。モダンで優雅な雰囲気とともに、みずみずしさが感じられます。このような植物や花をモチーフにしたボタニカル柄は近年のトレンドでもあり、国内メーカー、海外ブランドともに必ず見られるラインアップです。グリーンを主体としたもの、あらゆる色を取り入れたカラフルなもの、鬱蒼と茂るジャングルから野草を描いた素朴なものまで、色彩やテイストの展開が幅広いことも特徴です。
ボタニカル柄と切り離せないのがアニマル柄。レオパード柄に見られるような動物の体の模様を取り入れたデザインのほか、動物そのものをモチーフとして取り入れたもの、例えば、ボタニカル柄と組み合わせて描かれる、ダマスク柄の一部としてデザインされるなど、他の要素と組み合わせて表現されたアニマル柄もよく見られます。
・フェイクデザイン
そして、今や壁紙デザインの大定番となっているのが「フェイクデザイン」。
木目やレンガ、コンクリートはいずれも人気が高く、それぞれ独自のジャンルを確立していると言えるでしょう。木目の模様やレンガの立体感、コンクリートの無機質さなどそれぞれの素材感を忠実に再現したものが主流ですが、最近は異素材を組み合わせた新たな趣向のフェイクデザインも登場しています。
・トロンプ・ルイユ
その他にも、リアルな本棚やフレームを使った壁面装飾、絵付けタイルなど多様な展開が見られますが、このように、ある対象物を忠実に描写したフェイクデザインは、「トロンプ・ルイユ(=フランス語で「だまし絵」の意)」と呼ばれることもあります。
・コラージュ・イラスト
絵画技法の1つである「コラージュ」を取り入れたデザインも外せません。さまざまな素材を切り貼りする技法ですが、代表的なモチーフとしては古い新聞や楽譜、数字や文字のタイポグラフィなど。それだけでもデザインの素材として完成形になりそうなものをあえて組み合わせることによって、アート性が高められています。
手描きのイラストを取り入れた壁紙もあります。やわらかな線で描かれるモチーフは愛らしくあたたかみにあふれ、女性や子どもの部屋に人気です。
・無地
柄物ばかり取り上げてきましたが、忘れてはならないのが無地カラー。日本で多く見られる白だけでなく、原色やパステルカラー、ラメ感のあるものまで、ありとあらゆる色が展開されています。
涼し気なブルー、あたたかみのあるオレンジに元気の出るイエロー。色のもたらす心理的効果や体感温度は科学的にも証明されており、どこか一部に取り入れるだけで空間の表情が驚くほど変化する、シンプルながらも底力のあるデザインです。柄物に抵抗のある場合、初めの一歩としても挑戦しやすい壁紙になります。
・ジオメトリック
もう1つ、初心者におすすめしたいのがジオメトリック柄。「幾何学模様」を意味するジオメトリックは、言葉だけ聞くと少し難解な柄を想像するかもしれませんが、実は一定の規則性がある模様の総称。水玉(ドット柄)やストライプといった広く親しまれている柄もこの一部に属します。一定のリズムが刻まれているため、どこか整った印象を残してくれる使い勝手の良いデザインです。
「壁」について知ってほしいこと
このように壁紙はさまざまなデザインや色彩であふれています。まず知ってほしいのは、必ずしも「壁の色=白」ではないということ。そして、あなたの住む部屋の壁はあなたの手で変えられるということ。
白であっても柄物であっても、自らの意思で選んだ空間はもっと自由に暮らしを彩り、生活を豊かなものにしてくれるはずです。