壁紙と健康

今こそ知りたい!
「インテリアと健康」の新常識

日本に普及する「白い壁」の謎が明らかになったところで、冒頭の話に戻りましょう。
引っ越しを機に、体の不調が改善した男性。引っ越しの前と後で変化したのは壁紙やソファといったインテリアの「色」と「照明環境」でした。白く明るい環境から、ブラウンを基調とした落ち着いたトーンの空間へと変化したことで片頭痛症状が改善されました。これまで健康に影響を及ぼすのは、食生活や運動などの「生活習慣」だと考えられてきました。しかし近年、この男性の事例のように「生活環境」もその一端を担うということが分かってきています。私たちを癒し守ってくれるはずの家が、不調を招く原因になるかもしれないという事実。「住環境と健康」と聞いて、おそらく多くの人が思い浮かべるのはシックハウス症候群ではないでしょうか。これは内装の接着剤や塗料に含まれるホルムアルデヒドという化学物質によるアレルギー症状で、法改正により本格的に対策が取られるようになってきました。しかし、光や臭い、音といった要素が健康に影響する可能性はまだ広く知られていません。
こういった日々の暮らしに存在する「刺激」に着目し、インテリアに配慮することで不調の軽減を目指すのが、インテリア健康学の「アクティブ・ケア」。在宅時間が増えている今だからこそ、もっと広く知られるべき新常識です。私たちの暮らしに潜む「不調の原因」について、約10年前からこのメソッドを提唱している尾田さんに詳しく聞いてみたいと思います。

尾田 恵

Megumi Oda

インテリアデザイナー
一般社団法人日本インテリア健康学協会(JIHSA)代表理事
株式会社菜インテリアスタイリング 代表取締役

大手不動産会社、インテリア事務所勤務を経て、2007年菜インテリアスタイリングを設立。 幅広い活動で培った知識・スキルを活かし、インテリアと医療を融合したプロジェクトを基とする、身体と心の健康を目指したインテリア・メソッド「Active Care®(アクティブ・ケア)」を提唱。2018年「日本インテリア健康学協会」を設立。 医療機関との共同研究にも参画し、新たなインテリアの可能性に向け活動を進めている。
2021年10月に「〜光とインテリアで整う〜最高のテレワーク空間」を実業之日本社より出版。

公式HP JIHSA:http://jihsa.jp/
菜インテリアスタイリング:https://sai-interior.co.jp/

ーまず「アクティブ・ケア」について教えてください。

「アクティブ・ケア」とは、シンプルに言うと「インテリアでカラダとココロを元気にする方法」です。生活環境が健康に影響する可能性を考えると、インテリアコーディネートはこれまでにイメージされてきたようなファッショナブルで、おしゃれでトレンドを取り入れて、というようなことだけが役割ではないと思うのです。壁紙など内装材をご提案していると「あまり人に見せることはないから無難でいいです、おしゃれにしなくていいです」と白い壁紙を選ぶ方がいらっしゃいます。しかし、壁紙にこだわることはおしゃれに見せることだけが目的ではありません。内装材の色や柄、素材感が自分たちの健康に関わることを知ってもらうことで、より多くの人に健やかな暮らしを提供していけるのではないかと思っています。インテリアと健康の関係についてもっと広く知ってもらえたらと思い、能動的(アクティブ)に自分自身をセルフケアできる環境づくりという意味を込めて「アクティブ・ケア」という言葉を使って発信するようになりました。

ーインテリアと健康の関係に関心を抱き「アクティブ・ケア」を提唱するようになったきっかけは?

2010年開催の東京デザイナーズウィークで、光について論じる「光論会」というイベントに招かれました。そこで神経内科のドクターから、片頭痛症状の一つに光過敏がある、という話を聞きました。照明の光を眩しく感じ、光の色によっても症状が変わる、というのです。その時、数年前に担当した「天井照明を一切付けないでほしい」というお客様のことを思い出しました。当時はLEDが普及する前で、間接照明はまだ広く取り入れられていなかったころ。白熱灯のダウンライトや蛍光灯が主流で、天井に照明を付けることが一般的だと考えられていました。メンテナンスに手間がかかる間接照明を積極的におすすめすることはなかったのです。不思議なご要望としてとても記憶に残っていたのですが、お客様が本当に言いたかったのは、このこと(光を眩しく感じる=光過敏)だったのではないかと思い至りました。もしあの時私がこの事実を知っていたら、もう少し相手の立場に寄り添い、理解を深めながらプランを立てられたかもしれない。人の暮らしを提案する立場としてこの事実をもっと学ばなければと、本格的に医療に取り組むきっかけになりました。ちょうどその頃モデルルームを担当する機会があり「〜住まいからカラダとココロをセルフケア〜」というサブタイトルを付け「医療とインテリアによる日本初のモデルルーム」としてご提案したのです。これが「アクティブ・ケア」の原点となりました。

ーでは「アクティブ・ケア」に沿った空間コーディネートとは具体的にどのようなものになるのでしょうか?注目すべきポイントを教えてください。

初めにお伝えしておきたいのは「アクティブ・ケア」による空間づくりにはいろいろな手法があるということです。健康に配慮するには絶対この色がいいとか、この照明器具を使えばいいとか、この素材がいいということではなく、個々の状況や予算に合わせ、さまざまなアイテムを組み合わせることによって健康に配慮した環境をつくることができると考えています。つまり、調整するという視点で空間を整えることが大切なのです。
先ほどご紹介した事例のように、光を刺激と感じてしまうことを「光過敏」といいます。片頭痛の特徴の一つである光過敏は、照明の光を眩しく感じることがあり光の色によっても症状が左右されるので、光の刺激を和らげるための照明や内装選びがポイントになります。
光過敏に配慮するときのポイントは「光の色」と「グレア(光反射)」です。

まずは「光の色」。白っぽい光(昼光色)よりもオレンジ系の光(電球色)の方が症状を和らげることができるようです。例えばキッチンなど細かい作業をする場所には、白くて明るい光は必須だと思われてきましたが、これが片頭痛の方にとってはつらさの原因となっていることがあります。ある方から頭痛がつらいとき、レンジフードの豆球だけをつけて薄暗い中で料理をしているという話を聞いたことがあります。白く明るい光、または豆球のどちらかではなく、調色調光できる照明を取り入れる選択肢を持っておくといいですね。用途や体調に応じて光を調整できる環境をつくることが大切だと思います。ところで、光過敏の方にとっては太陽光も刺激となる場合があります。ただ、日中の光の浴び方は体内時計を整え、睡眠にも影響する重要な要素。室内では強い光を直接受けることがないよう、レースカーテンやブラインドなどを使って窓辺の環境を調整することもポイントの一つになります。

次に「グレア(光反射)」について。照明からの光反射を抑えるという意味で、壁や内装材の質感はとても重要な要素の一つです。例えば壁紙でいうと表面に光沢のあるような素材ではなく、なるべく光を反射しないマットな素材感であることが重要です。グロスやラメ感のある素材は、光刺激を軽減する目的では避けた方が無難でしょう。

また、もう一つ「色のコントラスト」も重要です。例えば「白×黒」といったコントラストの強いストライプや市松模様を見ると、目がチカチカするような印象を受ける方は多いのではないでしょうか。片頭痛の方は、こういった色のコントラストもつらさの原因になることがあります。もしストライプを使う場合は、例えばブラウンとベージュなどコントラストを抑えた配色を取り入れることで、刺激を和らげることができるでしょう。

医科大学の看護師寮で「光の色」と「コントラスト」に配慮したコーディネート事例

白っぽい光(昼光色)のシーリングライトを使用した一般向けの部屋。

片頭痛の過敏症に配慮した部屋。オレンジ系の光(電球色)の調光機能付きダウンライトやブラウン系のインテリアを取り入れ、空間全体のコントラストが抑えられている。

「光の色」「グレア(光反射)」「コントラスト」
全てのポイントが盛り込まれた脳神経クリニックの待合スペース

天井照明を電球色に変更し、間接照明を取り入れている。柱や床にはマットな質感の内装材を採用。ソファもコントラストを意識したカラーリングでまとめられている。「待ち時間を快適に過ごせるようになった」という声がたくさん寄せられたそう。

ー「光」による刺激を抑える空間づくりは、コーディネート事例を比較するとよくわかりますね。自分の不調がインテリアによるものかどうかを判断する方法はありますか?

医療従事者ではないので医学的な問診や判断はできませんが、白くて明るい空間にいると何となくつらいと感じる方は光過敏の可能性があると思います。 インテリアで片頭痛の治療を行うことはできませんが、刺激を和らげることから予防に貢献することはできると考えています。以前取り組んだ看護師寮の調査では、インテリア環境を変えた方の頭痛薬の服用日数が減りました。環境を変えることから薬を減らせる可能性があるなら、試していただく価値はあると思っています。

ー「インテリア」も不調の原因になるかもしれないと知ることで、空間で過ごす自分がどんな影響を受けているのかを意識できるようになりますね。
他にも事例がたくさんあると思いますが、これまでに担当した「アクティブ・ケア」に配慮したコーディネートの中で、特に印象に残っているものはありますか?

人の行動を変えたという意味で印象深かったのは、2019年の夏に完成した高齢者施設にあるスタッフ専用の休憩室での事例でしょうか。地上10階建てというかなり規模の大きな施設だったのですが、こういった大規模施設ではスタッフ用の休憩室が建物の中央付近、窓のない場所に作られていることがあります。
この時担当したのは、隣にテラスのある2階の休憩室。この階を訪れると太陽光を浴びてリフレッシュもできるのですが、利用者はあまり多くなかったそうです。日中に適度な光を浴びることは良質な睡眠にもつながるため、もっと休憩時間にリフレッシュ行動を取り、体内時計を整えてほしいという思いでこの休憩室のコーディネートを変えました。すると、驚くほど利用率が上がったというのです。「休憩時間にリフレッシュしましょう」と言われても日常的な行動を変えるのはなかなか難しいことだと思いますが、居心地の良いコーディネートによってそれを変えることができた、というとても印象的な事例になりました。

複合福祉施設「サンタフェガーデンヒルズ(東京都大田区)」のスタッフ休憩室

リニューアル前は全体が白い壁紙で覆われている。

同じ部屋とは思えないほど雰囲気が変わったリニューアル後の休憩室。壁面に消臭機能のあるグリーンを設置するなど、インテリアのトーンも落ち着いて過ごしやすい雰囲気に。尾田さんが商品開発に携わったペンダント照明「アクティブ・ケア・ライティング」も配置されている。

ーこちらのコーディネートでも壁の色が変えられていますが、壁紙を選ぶ上でのポイントについて教えてください。

壁紙を選ぶポイントは「色・柄」「素材感」「機能性」の三つです。コントラストや素材感については先ほども触れましたが、好きな色を取り入れる際はコントラストを抑えた優しい色合いを取り入れるといいと思います。一言にオレンジといっても、優しいオレンジと刺激性の強いオレンジがありますよね。柄(デザイン)については、リピート感(規則性)を強く感じない柔らかな印象のものがおすすめです。「素材感」は、光の反射に着目して選ぶようにして下さい。「機能性」というのは、壁紙の消臭や抗菌といった機能面のことです。臭い過敏の方は消臭効果に優れた壁紙を選ぶというのも対策の一つとして考えられます。
インテリアで大事なのは調和です。使い方次第で刺激が強くなることも、穏やかに見えることもあるので、バランスを取ることが大切だと思っています。

ー尾田さんの公式サイトで「魅せるインテリアから、人を健康に導くインテリアへ」という言葉が紹介されています。尾田さんの考えるインテリアの可能性とは何でしょうか?

インテリアには暮らしの時間価値を高める力があると思っています。空間が健康にどの程度影響するのかはまだ明らかになっていない部分も多いですが、今後解明が進んでいくでしょう。医療と融合することで健康面のケアという役割を担っていくことが、これからのインテリアの可能性だと思っています。


尾田さん、ありがとうございました!

さて、ここからは「アクティブ・ケア」に基づいたコーディネート例をご紹介。「刺激」に着目して滞在時間の長いリビングと寝室をアレンジし、尾田さんからのコメントもいただきました。内装材や家具を全て変えるのはハードルが高いですが、部分的な壁や照明の色など少しの工夫で部屋のトーンを大幅に変えることができるのです。