西洋の視点でイメージされた中国風デザイン「シノワズリ」と、浮世絵をはじめとする日本文化が西洋芸術に与えた現象「ジャポニスム」。コロナ渦で史上初の延期となった東京オリンピックですが、本来開催されるはずだった2020年を前後に、東洋デザインをイメージした壁紙コレクションが海外のブランドから続々と発表されています。
この機会に改めて、これら東洋の芸術文化を発端とするシノワズリとジャポニスムについて、壁紙を視点に紐解いていこうと思います。
Chinoiserie(シノワズリ)とは
シノワズリ(=Chinoiserie)とはフランス語で「中国趣味」。中国本来のデザインではなく、あくまでヨーロッパで表現された、未知で神秘的な東洋をイメージしたデザインが「シノワズリ」です。
17世紀中頃、中国からの陶磁器の輸入をきっかけに、ヨーロッパの貴族や富裕層の間で中国風の題材を取り入れる動きが大流行します。初めて目にする東洋の美しい文様や装飾、細やかなデザインは当時のヨーロッパの職人たちにも大きな影響を与えました。
18世紀には、ヨーロッパの宮廷を中心にロココと呼ばれる建築様式が栄えます。繊細で優美なロココ様式に、美しい自然を描いた中国の情景が見事に融合し、建築や芸術作品、家具に至るまでシノワズリの影響が見られるようになりました。この頃シノワズリの人気は最高潮に達したといわれています。
この流れは壁紙にも影響を及ぼしました。ロココの前に時代を席巻したのは、荘厳で華麗なバロック様式。ここで用いられた壁装材の金唐革は重厚感あふれ、繊細なロココ様式には合いませんでした。建築様式の変化と当時高まりつつあった異国趣味が相まって、中国ののどかな農村の風景や花鳥風月をイメージしたシノワズリの壁紙が爆発的に普及します。実はこのシノワズリの壁紙、当時壁紙文化のなかった中国で巧みに作られ、陶器と並ぶ輸出品の稼ぎ頭となっていました。「西洋で表現された中国風デザイン」であるはずの「シノワズリ」が、本場中国に逆輸入的に持ち込まれ、外貨獲得の手段となっていたのです。
その後、ヨーロッパ各地の壁紙業者がシノワズリ壁紙のイミテーションを作るようになります。最初は稚拙な絵柄でしたが徐々に技術が向上し、やがて本場のものにも見劣らないイギリス製シノワズリ壁紙が登場します。ビクトリア&アルバート美術館に展示されているこの壁紙には「忠実に模倣はしているが、イギリス風の特徴が部分的に見られる」という解説が記されているものの、専門家の目にも判別できないほどの出来映えだといいます。
Japonisme(ジャポニスム)とは
ジャポニスム(=Japonisme)はフランス語で「日本趣味」を指します。19世紀後半から20世紀初頭にかけ、日本の浮世絵や陶磁器、漆器などの美術工芸品がヨーロッパに伝わり、絵画や工芸など幅広い芸術分野に影響を与えました。この現象が「ジャポニスム」と呼ばれています。
19世紀の国際博覧会(万国博覧会)へ出品された浮世絵や琳派などの日本画に、ヨーロッパの芸術家たちは強い衝撃を受けました。遠近法などを用いた写実性、つまり見えるままを忠実に描く表現を主流とした西洋美術に対し、浮世絵に見られるのは、モチーフの印象や迫力を伝える独特な構図や斬新な色使い。そして立体感のほとんどない、直線と曲線による平面的な手法でした。こういった浮世絵作品に、新たな表現方法を模索していた後の巨匠、ゴッホやモネをはじめとする画家たちはこぞって影響を受けたのです。ゴッホの残した作品のいくつかには、浮世絵のスタイルを模倣したもの、それ自体をモチーフに取り入れたものが見受けられます。
現代では『クールジャパン』と呼ばれる国を挙げた取り組みもあるように、さまざまな機会に日本文化の魅力が世界へ向けて発信されています。茶道や和食といった伝統的な文化、そこに見られる特有の美意識、アニメやゲームといったサブカルチャーまで、幅広い分野が注目されています。こういった影響は、現代の壁紙デザインにも。「わびさび」や「禅」など日本の概念や思想を独自の解釈でデザインに取り入れ、コレクションを発表する海外ブランドも存在するほどです。
そして延期になったものの、2021年はオリンピックイヤー。それを意識してのことなのか、シノワズリやジャポニスムデザインの壁紙が海外ブランドから続々と発表されています。あくまでこの二つは「西洋人がイメージする東洋」のデザイン。本場の目線で見ると多少の違和感、そして二つの線引きが曖昧だという事実もありますが、そこはご愛嬌。海外の視点が融合した美しいデザインをお楽しみ下さい。