日下部さんには自宅に貼る壁紙を選ぶ上で決めている三つのテーマがあります。それは「ボタニカル」「アニマル」、そして木目やラタンなどの「自然素材」。例外的にこの軸から外れた壁紙選びをしている場所がクローゼットです。1階のウォークインクローゼットにはゴールドのドット柄を貼りました。
「リビングや寝室は決めたテーマに沿って壁紙を選んできました。でも切り離された空間には普段選ばないようなテイストを取り入れられるので、すごくワクワクしますね。ドット柄の壁紙は、クローゼットを開けた瞬間に洋服選びが楽しくなるようにと選びました。壁紙を通じて仲良くなった壁オタ仲間に貼ってもらったんです」
また、壁紙を購入した後にも彼女らしいエピソードが。
「たいていどこに貼るかを決めて壁紙を買いますが、しばらくその壁紙を『寝かせる期間』を取ることが多いんです。先延ばしにして楽しみをさらに育くむ感じでしょうか。計画通り気持ちが揺らがないこともあれば、もっといい場所に気付くこともあります」
壁紙ライフがスタートして2年が過ぎた2020年の秋「大の面倒くさがり」を豪語する彼女に転機が訪れます。それまでかたくなに自分では施工しようとせず、職人や壁オタ仲間に任せてきました。
「のりを作って塗って貼るだけと言われてもハードルが高かったんです。手にのりが付くのさえ嫌でした。でもある時、今すぐ貼りたい、という衝動が抑えられなくなったんです」
きっかけとなったのは、廃業した海外のフルーツ商社の缶詰ラベルを並べたインパクトのあるデザイン〈Crate Labels Fruit & Vegetables Wallpaper / MRV-08〉。以前から気になりつつもテーマに沿わず断念していた壁紙です。クローゼットという新たな舞台を発見して改めて柄の細部を見るうちに、描かれている野菜の中で妙に艶やかな光沢感を放つ「ピーマン」に気付きとりこになります。早く施工したいと、居ても立ってもいられなくなった日下部さんは、ついに自ら動くのです。
これが記念すべき初施工の壁紙となりました。
それからというもの、泡立て器片手に粉のりを溶かす日々が始まります。何度もプロの手さばきを間近で観察していたことも結果的に役立っているそう。
「あんな風に手を動かしていたな、こういう体勢で切っていたなと、これまで頭に入れてきた壁紙についての情報がパズルのようにぴったり合っていく感覚です」
壁紙への愛を育み、さらに自分で貼るという進化を遂げた日下部さん。名実共に、最強の壁紙オタクとなりました。
日下部さんにとって壁紙は、もはや壁に貼るためだけのものにとどまりません。自宅の一角には、壁紙の余りやちょっとした切れ端までもが大切にストックされています。
「余った壁紙の端材も絶対に捨てません。職人さんがゴミとして捨てそうになる細い端切れも、後ろに張り付いて全て確保しています。全部大切なコレクションの一部です」
切れ端ですら、宝物。よく見ると家中のあちらこちらに、その「コレクション」たちが生かされています。パソコンのカバーやスツールの座面、ノートなど、壁紙をオリジナリティあふれる小物に作り変え、壁紙のサンプルまで美術作品かのように展示。まさに壁紙愛のあふれる壁紙御殿です。
「輸入壁紙を自分で貼るようになってから、元々家に貼られていた白い国産壁紙を貼る機会があったんです。これが、すごく難しくて。幅も広いし、輸入壁紙と同じ力加減で触っているとすぐに破れてしまう。これを家中に隙間なく張り巡らせている日本の職人技術ってすごいんだということが分かるようになり、これまで見過ごしていたことにすごくリスペクトの気持ちを抱くようになりました」
壁紙を貼り始めた当時まだ2歳だった娘のめいちゃんにとって、壁紙はすっかり日常の一コマ。自分専用の撫でバケやジョイントローラー(壁紙の施工道具)も遊び道具の一つです。ある日、新しい壁紙を手に入れほくそ笑んでいると「また壁紙買ったんでしょ〜」なんてドキリとするコメントも。ちなみに、めいちゃんが家の中で好きな壁紙はどれなのでしょうか。「ここ!」と指を差してくれたのは、日下部さんが初めて施工した、あの艶やかなピーマンが光るクローゼットでした。
「こんな風に、夫や娘にここの壁紙いいねと言われるとがぜんうれしくなりますね」