Design,Wallpaper
デザインのこと、壁紙のこと。
ー どのようなツールを使ってデザインを形にしていますか?
紙の上に鉛筆で描いて、それをブラックペーパーの上に乗せてスカルペル(手術用ナイフ)を使ってモチーフを切り抜いていきます。 私たちはもともとスクリーンプリントをベースに始めたスタジオなので、そのままそのブラックペーパーを使ってシルクスクリーンを進めたりします。 リピート(柄の繰り返し)や最終的にメーカーさんに送るデータは、IllustratorやPhotoshopで作ります。
ー 作成するのが一番楽しかったデザインはどれですか?
〈HIPSTER’S PARADISE〉です。スタジオに出入りするスタッフ、日頃時間をともに過ごす友人や家族の落書きから「似てる似てる!わっはっは」で始まったデザインなんです。「hipster」というのは元々ニューヨークやロンドンで流行った、ライフスタイルやファッションにこだわりを持った人たちを指す言葉。そういったスタイルを描き起こしユーモアを交えて表現したデザインでもあります。一人ひとりのスタイルはクラシックですが、そこに当時のスマートフォンやタブレットを入れて「ああ、この時代にデザインされたんだ」っていう「ダブルノスタルジー」を狙ってみました。あまりに個人的なエピソードでデザインとしてはリスキーかなと思いましたが、蓋を開けてみたらたくさんの人が 「よく似た自分」や「お気に入りのキャラクター」を見つけてコメントをくれたりして、結果的に使う人にも楽しんでもらえるデザインになったのかなと思います。
ー 特に思い入れのあるデザインはありますか?
〈WISH YOU WERE HERE IN LONDON〉ですね。自宅の書斎にも貼っています。一つひとつのロンドンを吟味してデザインにし、色も定番カラーのグレーベースのブルーやイエロー、レッドを使っています。昔大切にしていた絵本や家族で過ごした休日の思い出など、人のノスタルジックな部分に触れるようなデザインにしたかったんです。 そして実は、本当にロンドンを好きになった時に作ったデザインでもあります。
ロンドンを好きになるまで、かなり時間のかかった私です。
ー デザインのタイトルはどのように決めているのですか?
私はよく音楽や本などから発想を得ています。例えば〈COUNTRY MILE〉は、大好きなイギリスの田舎の風景、草木が覆い茂った手付かずの庭園や森にインスパイアされ表現したものです。このデザインを起こしている最中にスコットランド出身のポップバンド『Camera Obscura』の「カントリーマイル」という曲に刺激され、助けられながら作り上げたというエピソードがあります。もともと「カントリーマイル」という言葉には「実際よりもちょっと遠く感じる」という意味が含まれています。田舎道の1マイルは、都会のそれよりも長く感じちゃうよねというニュアンス。すごくやさしい、ホワンとしたメロディで、トークイベントのBGMとして流すこともある思い入れの深い一曲です。
ー ロンドンの街中の数字を集めたという〈SAFETY IN NUMBERS〉のエピソードに冒険心をくすぐられました。数字の中には、特別な意味合いを持つものがあるそうですね。
どの数字かは伏せますが、《Paul Smith》の店舗の中で私が大好きなお店のナンバーが入っています。実はこのお店、ポール自身が好きなお店でもあるんです。
ちなみに、このデザインを作るためにロンドンを歩きながら数字の写真を撮っていた頃、 それを見た地元の人に「さすが日本人ね、ユカリもポケモンGOをしているのね」と言われ続け、仕方がないので「そうよ」と答えていました。
ー 《Y.S.D LONDON》の世界観をより楽しむために、どんなコーディネートを提案されますか?
絶対に「エクレクティック(*)」です。 ファッションも同じなんですが、その時その時に「これ大好き!」だと思ったものは一緒にコーディネートしてもうまくいくんですね。なぜかというと、本当に自分が好きだから「手に負える」んです。 インテリアも同じで、本当に気に入って手に入れたもの同士って喧嘩しない。 たとえそれが高価なアンティークのテーブルでも、ミッドセンチュリーの椅子でも、リサイクルショップで見つけたランプでも、本当に自分がドキドキするくらい好きなものは、家という箱の中に入れたときになぜかうまくいくんです。 だから私たちの壁紙でもファブリックでもホームウエアでも「これ大好き!」と感じるものを選んでくれたら大丈夫だと思います。 雑誌で見たから、これがトレンドだからという視点で「ものを探す」のではなく「ものと出会う」のが一番確かでその時の自分に一番しっくりくると思うんです。
Life
暮らしのこと。
ー モーニングルーティンは?
朝は7時に起きます。尾道の艮(うしとら)神社さんから持たせていただいた小さな神棚にきれいなお水をお供えして手を合わせ、キッチンのドアを開けて老犬テディ様と庭のデッキに出て深呼吸。書斎の窓のスクリーンを上げて、観葉植物のチーズ君とスネ夫君の健康状態をチェックしに行き、キッチンに戻ってテディの朝ごはんを準備しながらコーヒーを入れます。大好きなトーストはパンによって焼き方を決めます(私はパンが大好きなんです)。その頃にはすでに自分のご飯を丸呑みにした猛犬テディがトーストをじーっと狙いそばに座っていますので、それを横目にBBCの朝のニュースをチェックします。最後にトーストの小さな角を(誤って)落とし、老犬にしては素早く口の中に入れ、してやったりと満足げなテディの前で「あ、食べられちゃった!」と悔しそうにしてあげます(毎朝です)。
その後、その日の予定を確認して、メールやメッセージのチェックをし、仕事に合った服を選んだり、必要なものを決めてバッグの中に入れ、鏡の前で靴を選びます。靴はコーディネートだけではなく、その日の調子によっては体に合わず、一日中足が痛くて死にそうになることもあるので慎重に選ぶんです。
出かける直前にキッチン、バスルーム、玄関のホールエリアにルームスプレー(最近は《Aesop》のものがお気に入り)を吹いてから家を出ます。
ー ご自宅で落ち着く場所はどこですか?
書斎です。小さな部屋ですが、自分の好きなものしか置いていないからです。 作り付けの本棚いっぱいの本だったり、スチール製の棚や壁にかけた自転車、サンプルクッションが山のように並んでいるデイベッドも、縦長の窓から庭が見えるのも好きです。
ー ロンドンの暮らしで何がお気に入りですか?日本との共通点、違う点など教えてください。また、ロンドンで暮らし始めて一番驚いたことは何ですか?
ロンドンの暮らしで好きなところは、いろんな人種の人がいること。いろんな文化、生活習慣、価値観を持った人が暮らす街なので、もちろん衝突もあるし難しいときもありますが、それが人々にいい意味で「個人主義」のような感覚を持たせてくれていると思うんですね。
ちょっとエキセントリック(風変わりで個性豊か)な人がたくさんいることもその一つ。自分の好きなもの、好きなことを大切にしているという証拠だと思うんです。こういう環境が私にヘルシーな好奇心を持たせてくれています。
日本との共通点は、精神的なソーシャルディスタンスでしょうか。付かず離れずを心がけるというか。アメリカに比べると顕著だと思います。
日本と全然違うのは、動物たちとの付き合い方。犬や猫をはじめとするペットにしても、馬たちにしても、人間ともっと近いところで共存しているような気がします。犬が犬として暮らせる国だと思います。
驚いたことはたくさんありますが「知らない人ににっこりされる」ことには、地味ですが驚きました。やたらと行われるわけではないんですが、お互いがすれ違ったり、ゆるい接点があったりする時には必ずにっこりするんです。イギリスの心のゆとりというのか、このタイミングを習得するのには時間がかかりました。なので反対に、日本に帰った時にこのスマイルをしてしまうと怪訝そうな顔をされて、小さく傷つきます。
ー 仕事のパートナーでもある娘のキミカさんは、母娘であると同時に同志という印象です。これまで仕事をするうえで衝撃を受けた、彼女からのアドバイスやエピソードはありますか?
「あなたがやめるまで私はやめない」と最近言われ、衝撃を受けました。いいパートナーになってくれたんだな、ありがたいなと思いました。
最近陶磁器の表面装飾の教室に通い始め、あまりのおもしろさに夢中になっているんですが「ここに自分を見つけたので、釡を持って陶芸家になる」と言ったら却下されましたし、スクリーンプリントをする時に80年代の曲は禁止されてます。理由は「踊り出して仕事にならん」ということです。
ー ご自身のファッションやメイク、日々の生活の中でこだわっていることがあれば教えてください。
ココ・シャネルの“Fashion changes, but style endures(流行は変わるが、スタイルは継続する)”という言葉をいつも心に置いています。デザイナーとしてもちろんトレンドは知っておくべきかもしれませんが、自分のスタイルを作り上げていくのはトレンドを追うよりももっと難しく、一番大切なことだと思っています。
このロックダウン中に習得したのが、面倒なことをしている時「簡単にする方法はないか」とか「後でやることにしようか」と思いがちな私なんですけれど、そんな時は深呼吸をするんです。そうすると自分のスピードがほんの少し落ちて「きちんとやってしまおう」と思えるんです。このおかげで少しずつ気持ちのいい暮らし方ができているような気がします。