何十年かたった未来にも価値を感じてもらえる「もの作り」をしたい。-Y.S.D LONDON

Favorite
憧れや好きなもの。

ー 《Y.S.D LONDON》のデザインはやわらかな印象で、特に女性に好まれるデザインだと思います。憧れる女性や尊敬する女性、目標としている女性はいますか?

私はすぐに人に憧れるタイプなので何人もいます。
まずは「World Horse Welfare」(*1)創設者のアダ・コール。
100年ほど前、彼女は英国の馬車馬が「使えなくなった時」ベルギーに運ばれひどい状態で屠殺されるところを目の当たりにしました。そんな馬たちの最後の尊厳を守る、という強い思いでこの団体を立ち上げたのです。私も娘もここ20年以上乗馬をしていて、馬の愛護は一番大切なものになっています。きっとひどく傷ついたり大変なこともたくさんあったと思います。でも彼女は馬たちのために立ち上がった。私はそれだけで素晴らしいと思うんですね。それが今や、しっかりした大きな団体となり世界中の馬たちの保護活動を行っているんです。
次にイギリスを代表するファッションデザイナーのビビアン・ウエストウッド。
彼女のインテリジェンス、エネルギーに憧れます。彼女のデザインは、どこかにしっかりとしたストーリーがあるんです。それは政治的なことかもしれないし、アートや歴史かもしれませんが、いつも彼女なりの解釈と皮肉と美観が織り交ぜられています。それを手にした人の人生に、高揚感を持ったまま寄り添うものを作ることができるデザイナーの一人だと思います。
スタイルアイコンとしてはモデルのステラ・テナント。イングリッシュローズ(*2)のパンクバージョンとして、また、中身のあるモデルとしても大好きです。 そして、ルシンダ・チェンバーズ。イギリス版『Vogue』のファッションディレクターだった人です。彼女の仕事も好きですが、彼女自身のスタイリングが大好きです。いい歳の取り方を教えてもらっているような気がします。
松任谷由実さんも大好きです。彼女の曲の多くには私なりの思い出があり、ちょっと切ない、そしてくすぐったい気持ちになります。彼女の曲のようなデザインができるようになりたいと昔から思っています。
どんな人でも、何かに情熱を傾けている人が好きです。それが、政治であっても、アートであっても、庭造りでも、パン作りでも、ジャンルに関係なく「めちゃくちゃ好きなもの」がある人って光り方が違います。

(*1)1927年にイギリスで設立された馬の保護団体。
(*2)イギリスで魅力的な女性を例える言葉。

ー 色へのこだわりが印象的ですが、ロンドンの好きな色は何ですか?また、日本の好きな色は?

ロンドンのグレーの空の色が好きです。曇りのお天気は嫌いなんですが、この曇り空を背景にして見るロンドンの風景が一番きれいだと思います。 大好きなツイード素材も実はグレーの街だからいいんじゃあないの?と密かに思っています。
それと同時に晴れた日のグリニッジパークが好きです。特に、ロイヤル・オブザーバトリー(グリニッジ天文台)がある坂の上から見る、青い空、グリーンの芝生の上の白いクイーンズハウス(*)の回廊は最高です。
日本での好きな景色は、東京のベイエリアから見る夜景。本当にきれいです。いくつになってもロマンチックな恋ができるような気分になります。尾道の海も好きです。ブランケットがかかったような海と、白っぽいブルーの空と、やさしい風にほっとします。 好きな色は「日本の赤」。例えば神社の鳥居のような、少しオレンジがかった赤です。自分のデザインの中には使わない色としても惹かれる色です。この赤って日本にしか似合わない色なんです。

(*)16世紀に英国王室によって建てられた古典(パラディオ)様式の邸宅。世界遺産に登録されている街・グリニッジのシンボル的存在。

ー イギリスで一番好きな飲み物と食べ物は?また、日本に帰ると必ず食べるものは?

「イートンメス」といういちごとメレンゲとクリームのデザートです。イギリスは押し並べてデザートが美味しいです。飲み物では「Pimm’s No.1」というお酒。きゅうりとミントを入れたものが好きです。イギリスの夏を感じさせてくれます。 日本に帰った時に必ず口にするのは、ハイボールとおにぎり。

Future
今後のこと。

ー 今はどんなプロジェクトに取り組んでいますか?

2019年に尾道に古民家を買ってリノベーションをしたんです。『アルコーブ』と名付けました。 尾道らしい路地にあります。アルコーブというのは、イギリスの家の暖炉の両サイドにできる凹んだスペースや、家の構造上できてしまった小さなくぼみのことです。そのくぼみは飾り棚をつけたり、ワードローブにしたり、いろんな可能性を持ったスペースなんです。この小さなくぼみほどの古民家もいろんな可能性を秘めた空間にしたいと思ってこのように名付けました。ここに私たちなりのイギリスを持ち込んで、文化、スタイルのミックスにフォーカスしていけたらなと思っています。 尾道の友達が取り組んでいる環境保護やサステナブルな暮らしはすごく勉強になるし、昔ながらの暮らし方にすごく興味があります。イギリスはそういう価値観に敏感な国でもあるので、おもしろいつながりを作っていけるのではないかなと。 今のところイギリスのマーケットで見つけた古い道具や「使うため」のおもしろいビンテージものを吟味しながら持ち込んでいるんです。同時に、この古民家限定のデザインを〈VINTAGE COLLECTION〉として出しています。壁紙、ファブリック、クッション、テーブルウエア、ホームアクセサリーなど、クラシックできれいにエイジングしてくれるもの、なるべく自分たちの目の届くところで作られた長く使えるデザインを出していけたらいいですね。
また《Y.S.D LONDON》として、少しだけ大げさな一点物のコレクションを出そうと思っています。インテリア、ファッションの枠を外して取り組んでみたいんです。例えば何十年か経った未来にも価値を感じてもらえるような「作り込んだ未完成なフューチャービンテージ」がコンセプトです。ずっとやってみたかったことなのでかなり楽しみです。

ティータオルで作ったエコバック。

『アルコーブ』の壁には、アイルランド出身の詩人、オスカー・ワイルドの名言がステンシルで描かれている。

ー 今後の夢や計画はありますか?

スタジオの形態を新しくしようと思っています。 サーフェスデザインのスタジオとして、いろんなことにチャレンジしていきたいと思っているんです。手や目の届かないところでの大量生産を避けるだけでなく、もっと積極的にサステナブルなもの作りをしていきたい。 その一環として、一点物に近いファッションアイテムにも手を出そうと思っています。ビンテージとのミックスや、フューチャービンテージというコンセプトで。密かに結構ワクワクしています。 『アルコーブ』では、アングロ・ジャパニーズ(*1)を強く意識してデザインしたホームアクセサリーを実際に使っています。 ハンドプリントしたティータオル(*2)で作ったエコバッグは、大げさなくらい大きかったり長細かったりしますが、バッグがくたびれてきたら解いてタオルとして使い、その後はちょっと小洒落た雑巾として使いきってもらえるようにしました。イギリスのマーケットで見つけたビンテージのティーカップセットはすべてバラバラ。でも自分に合ったものを選んで使ってもらえます。大きなテーブルに全部並べてアフタヌーンティーをしたら、まるで花が咲いたように見えると思います。 そんな小さなうれしいこと、好きなこと、大切なことを普通の生活に取り込んでいくケーススタディ的な空間として、いろんな人に集まってもらえる場所にできればと思っています。

(*1)19世紀後半から20世紀初頭のイギリスで、浮世絵などの日本美術にインスピレーションを得て発展したデザインのスタイル。
(*2)18世紀のイギリスで生まれたリネン素材のキッチンクロス。ティータイムのさまざまなシーンで使われるアイテム。

ー 日本のファンへ向けてメッセージをお願いします!

今まで探してきた答えが少しずつ見つかるようになってきたような気がします。 エキセントリックでいることの大切さを私たちに教えてくれたロンドンからいろんなことを発信していきたいと思います。
尾道という拠点もでき、やりたいこともどんどん増えてきています。 でも、ここまで続けてこられたのも、みなさんがサポートしてくださったおかげです。私たちにとって日本はとても大切なところ。これからもどうぞよろしくお願いします。

Special Thanks to

Yukari Sweeney

ユカリ・スウィーニー

ロンドンに拠点を置くデザインスタジオ《Y.S.D LONDON》のヘッドデザイナー。
日本で生まれ、ファッション業界で働いたのち結婚を機にロンドンへ移住。住む街の骨董市で見つけたビンテージのプリントファブリックに魅せられ、大学でサーフェスデザインを学ぶ。《ELEY KISHIMOTO》《Paul Smith》での経験を経て、2008年にデザインスタジオ《Y.S.D LONDON》を立ち上げる。壁紙やシルクスクリーンを使ったハンドプリントのファブリックなど、さまざまなアイテムを展開中。